下部尿路機能障害の病態と治療薬

【はじめに】
 下部尿路機能障害は健康一般状態を障害し、患者のQOLを損なうことが明らかである。
 下部尿路機能障害は蓄尿障害と排出障害に分けられる。蓄尿障害の代表的な症状は頻尿、尿意切迫、尿失禁である。排出障害の代表的な症状は排尿困難、残尿感、尿閉である。蓄尿と排尿は相反する生理動態で、蓄尿時には腹圧+膀胱内圧≦尿道内圧の状態で、排尿時にはこの逆になる。これらの病態生理には下部尿路の神経支配、特に神経受容体の分布とその働きが大きく関与している。

【下部尿路の神経支配】
 下部尿路は自律神経(交感神経(α、β受容体)、副交感神経)と体性神経(知覚神経、運動神経)の支配を受けている。蓄尿時には交感神経を介して膀胱の排尿筋(平滑筋)を弛緩させ、内尿道括約筋(平滑筋)および外尿道括約筋(横紋筋)を収縮させる。また、体性神経も横紋筋である外尿道括約筋と骨盤底筋群を緊張させて蓄尿に働く。
 一方、通常0.3〜0.4Lの尿が膀胱に蓄積し、その圧によって尿意が起こると、副交感神経が興奮し、膀胱の排尿筋を収縮させるとともに、内尿道括約筋および外尿道括約筋を弛緩させて排尿に働く。尿意を意識的に抑制する必要があるときは、大脳皮質からの抑制刺激が交感神経を介して排尿筋の緊張を低下させ内尿道括約筋および外尿道括約筋を収縮させて一時的に排尿を抑制する。
 自律神経受容体の分布は以下のようになっている。膀胱体部にはムスカリン受容体(おもにM3)および交感神経受容体(β2,β3)が豊富に存在する。膀胱底部(三角部)と中枢側尿道には主として交感神経受容体(α1)が豊富に存在している。

【下部尿路に作用する薬剤】
 蓄尿障害に対する薬剤は膀胱排尿筋収縮を減弱させる薬剤と尿道抵抗を増強させる薬剤が用いられる。一方、排出障害に対しては膀胱排尿筋収縮を増強させる薬剤と尿道抵抗を減弱させる薬剤が用いられる。

【病態と治療】
 一般的にみられる下部尿路機能障害には前立腺肥大症、過活動膀胱、低活動膀胱、腹圧性尿失禁などがある。

前立腺肥大症
 前立腺肥大のメカニズムは十分には解明されていない。原因の一つとして以下のことがいわれている。40歳頃から男性ホルモンのテストステロンの分泌が低下する。一方、副腎から作られる女性ホルモンのエストロゲンの分泌量が相対的に増加し、性ホルモンの逆転現象が生じる。前立腺の間質成分はエストロゲンに反応しやすいため、成長因子の刺激により間質細胞の過形成が起こる。その結果、腺腫体積の増大による尿道の圧迫、その他、前立腺被膜の弾力性の低下、膀胱収縮力の低下、前立腺の肥大でα1受容体が増加し、α1受容体の過剰刺激で前立腺平滑筋の過剰収縮などが生じて排出障害をきたす。
薬物治療としては前立腺皮膜の弾性力と弛緩を取り戻す目的でα1遮断薬が用いられる。α1受容体にはA、B、Dのサブタイプが存在する。前立腺に存在するタイプはα1A>α1D>α1Bの順となり、α1Aが主体である。α1Aは前立腺肥大症の平滑筋に存在する。α1Dも平滑筋、腺上皮に存在している。一方、血管に豊富に存在するのはα1Bである。したがって本疾患に用いる薬剤はα1Aへの親和性が高く、α1Bへの親和性の低いα1遮断薬が適している。近年発売になった、シロドシン(ユリーフ)は特にα1Aへの親和性が高く、低血圧による、めまいや立ちくらみ、頭痛などの出現が少ないといわれている。
また、抗コリン薬も頻尿や尿意切迫感等の過活動膀胱に対して経験的に使用されることがあるが、残尿増加、尿閉などへの注意が必要である。腺腫体積の増大には腺腫の縮小を目的には抗アンドロゲン薬が用いられる。

過活動膀胱
 過活動膀胱とは、膀胱活動の異常亢進のため、尿意切迫感、頻尿、切迫性尿失禁などの症状が出現する。その病因は神経因性と非神経因性に大別される。前者は脳血管障害や脊髄障害に起因し、後者は前立腺肥大症に合併する場合と突発性の場合がある。
 薬物治療としては、前立腺肥大症を合併しているかどうかで第一選択薬が異なる。前立腺肥大を合併していない、成人女性、若年男性を中心とした突発性、および麻痺が軽度な神経因性の場合は抗コリン薬が第一選択となる。一方、前立腺肥大症を合併している場合はその治療を優先してα1遮断薬が第一選択となる。その理由は、抗コリン薬は排尿時の膀胱収縮を抑制するため、高度の下部尿路閉塞や排尿困難を有する患者に投与されると尿閉を引き起こす危険性が高いためである。近年発売になった、トルテロジンは唾液腺に比較して膀胱選択性の高いことが確認されている。ソリフェナシンはムスカリン受容体のサブタイプへの親和性がM3>M1>M2であることが確認されている。

低活動膀胱
 通常、排尿は随意的なコントロールが行われている。神経因性膀胱とはこの神経調節が乱れて蓄尿、排尿に異常をきたした状態をいう。これは大脳から骨盤腔内に至る神経系のどこに障害が起きても発症する可能性がある。蓄尿、排尿に異常をきたすと尿路感染、尿路結石、膀胱尿管逆流などの合併症を起こしやすくなり、重症になると腎不全に至る可能性がある。
薬物治療としては、コリンエステラーゼ阻害薬が中心となる。ただし、本剤はおもに末梢神経障害による低活動膀胱に対して間歇導尿の補助として位置づけられており、最初から併用せず4週間程度の間歇導尿により治療効果を評価した上で投与される。製剤として塩化ベタネコール(ベサコリン)はムスカリン受容体を直接刺激して排尿筋を収縮させる。臭化ジスチグミン(ウブレチド)はコリン作動神経から放出されるアセチルコリンを分解する酵素であるコリンエステラーゼ(ChE)を阻害することで、障害を受けた副交感神経の働きを補う。

女性の腹圧性尿失禁
 本人の意思とは関係なく尿漏れが生じ、社会生活に支障をきたす状態をいう。咳やくしゃみにより腹圧が上昇して尿が漏れる場合を腹圧性尿失禁という。
薬物治療としてはα刺激薬(エフェドリン)、β刺激薬(クレンブテロール(スピロペント))、三環系抗うつ薬(イミプラミン(トフラニール))等があげられるが、効果には限界があり、骨盤底筋訓練法という運動療法が有効で補助として薬物を用いることが現実的である。

【文献】
川島義勇 ほか 尿路疾患 調剤と情報 Vol.5 No.5 643-649 (1999)
平岡保紀 ほか 前立腺肥大症の病態と臨床症状 薬局 Vol.51 No.3 995-998 (2000)
秋野裕信 前立腺肥大症による排尿障害 JJSHP Vol.35 No.11 1457-1460 (1999)
吉田正貴 ほか 前立腺肥大症 治療Vol.88 No.3 395-403(2006)
後藤百万 女性の腹圧性尿失禁  治療Vol.88 No.3 425-431(2006)
山口 脩 ほか 下部尿路機能障害 メディカルビュー社 (2004)
山口 脩 過活動膀胱の治療 薬物療法 Pharma Medica Vol.24 No.2 37-39(2006)


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